こんばんわ ゆうです!
私の自己紹介は
こちらからどうぞ!
👇

親の介護
・できれば、やりたくない
・ずっと元気でいてほしい
そう思う人は多いと思います
私も看護師をしていなければ
「親はいつまでも元気でいてくれる」
なんて思っていたと思います
ですが
実際は
人生には終わりが付きものです
その終わり方を
本人が決めれる環境なら
一番いい迎え方だと
個人的には思っています
しかし
そうならない場面も
少なからずあります
突然の事故・病気
前もって
「何かあったら、こうしてね」
話できている人でも
突然のことには慌てます
特に話し合った内容を
書き留めていなければ
慌てた先にあるのは
その時の感情に流された思い
での判断になってしまいます
いえ
そうなっていることが多いのが
実情かもしれません

数年前から
・終活
・エンディングノート
・延命処置しない
よく聞く言葉になってきました
しかし
医療現場で働いていると
決めていたことが崩れる場面に
当たる場合があります
・決めた時と家族の生活状態が変わり
どんな姿でもいいから
もう少し生きていてほしい
・疎遠だった家族が現れ
方向性が変わる
・一緒に決めた家族が先に他界してしまい
残された他の家族がどうしたらいいか
わからず困ってしまう
決めていても
このように崩れることがあるのです
ただ
こういうケースは
まれです
どちらかというと
「これから話そうと
おもっていた矢先だったんです」
これです
この
「話そうと思っていた矢先」
この時期の判断がすごく大事
なのです

ここまで読んで頂き
何が言いたいのか
お分かりでしょうか?
大事なのは
いますぐ
親と話すこと
雑談でもいい
その中に1つでも聞くことを入れ込む
たったこれだけです
毎日することでもないです
ですが
ほっておいたら
「話そうと思っていた矢先」が
あっという間に近づいてきます
今回
私が祖父母本人に
今より衰えた場合や
終焉をどうしたいか
それを近くで対応する
母に
どういう心構えが必要か
10年近くかけて
家族に伝え続けた内容含めて
お伝えしていきます
自分が
そして
皆さんの家族にとっても
自分がどういう人生を送りたいか
終焉にむけての
マインド講座として
届くように
前編は介護される側
後編は介護する側
で、お伝えします
「親介護始める方へ」

【延命はどういうものか】
私がまず祖父母に伝えたのは
延命というものがどういうものかでした
70代後半ぐらいから
近所の人が入院したり
親戚が他界したり
そういう場面に
会うことが増えていた時期
だったためです
一般的に
病院で延命と聞くと
「心臓マッサージ」
「呼吸器という
呼吸を助ける機械につなぐ」
ということを聞かれることが多いです
しかし
私が聞く延命は少し違います
「人が食べれなくなったら
もう終わりってことだよ」
これです
食べれなくなったら
そこで終焉を待つ
私が人生の目標に
していることです

施設・病院で
食べれなくなって
点滴して、また食事再開したけど
飲み込み悪くって
これ以上は食べれない
という判断されたら
そのあとどうするか・・・
先生は
点滴・鼻からチューブ・胃ろう
・大きな血管に
点滴の管を埋め込む(CVポート)
など
できることを提案されるでしょう
「先生にお任せします」
こう言ってしまうと
点滴→栄養不足
→むくむ・水がたまるため
ゴロゴロ言って吸引が必要
→苦しい
鼻からチューブ
→管が鼻から入ることで
違和感→抜去する
→抜去しないように手袋付けられる
(現在は、抑制解除するようにとの
方針が多いので
家族に付き添い依頼や
胃ろうへの変更を
お願いされることが増えている)
胃ろう→手術が必要→
作成しても
ごえん性肺炎を繰り返す
たんが増えてしまう など
CVポート→手術が必要→
感染のリスクがある
針刺すので、点滴もれの可能性
など
長く生きるメリットよりも
デメリットの方がしんどい
私はそう感じます

このような手技をしない方がいい
と言っているわけでは
決してありません
必要な人はいます
ただ
食事がとれない
食べる気にもない
高齢の親に対して
強制的な栄養を
高齢者の身体に入れるのは
負担が大きいことが多い
現場25年以上関わっていると
そう思います
よく職場で
「長く生きてほしいと思って
胃ろうを作ってもらいましたが
痰とりも しんどそうで
みているのもかわいそうです」
「今更ですけど
あのまま
逝かせてあげたらよかった・・・」
胃ろう作成して2年
寝たきりになった親の面会にきた
家族の言葉です
私がお伝えした
延命をしたからと言って
必ずこうなるわけではないことは
お伝えします
私の祖父母も何も望まないでした
入った施設、病院でも伝えました
ただ
病院は何もしないというのが
なかなか難しく
祖父の場合、点滴して他界したので
最後は結構なむくみに状態でした
このように
延命といっても
心臓と肺がうまく動かなくなっただけ
でない部分もある
これだけでも知ってもらえると
延命や食事をとれなくなったときの
選択が増えるのではないでしょうか?
【元気なうちにやりたいことを5つ決める】
私の祖父母へは
単なる物忘れが少し目立ち始めた時から
「天に召されるまでに
やりたいこと5つ決めるよ」
と伝えていました
祖父
①グランドゴルフで優勝する
②おじさんと一緒にでかける
③畑仕事を続ける
④野球と相撲の
TV中継あれば必ず見る
⑤好きなものを何でも食べる
祖母
①○○山に登る
②温泉に毎日入る
③孫と一緒に旅行
④庭に花を植える
⑤墓じまいをする
最初に言ったのは70代後半だったと思います
そのことを言われた祖父母は
「なんでや?」
とチンプンカンプンでした
しかし
私は伝えました
”今は元気でどうもないけど
いつ、どうなるかわからない”
”調べてないだけで
大きな病気が隠れているかもしれない”
”やりたいことあるなら
ためらわず
やっていったほうがよくない?”
これって案外
出来そうでできない
もう年だし
今からやるにも
体力続かない
色んな理由をつけて
やらない
そういう人が多いと思います
ですが
私が現場で聞く声は
「もう少し若かったら
○○してみたかった」
「△△に行きたかった」
そういう声です
病気や事故後のリハビリ
そういう状態になってからの後悔
完全にもとの生活に戻れるか
病状にもよると思います
やりたいことを決める
これは
後悔することを
少しでも軽くする
マインドなのかもしれません

まとめ 介護される側の心得とは
残りの人生どうでもなれ
と思うのか
残りの人生
やりたいことをやろう
そう思うのか
どちらが
介護される側へ
負担が大きいでしょうか
子供に迷惑はかけたくない
といいつつ
後悔は残る人生
そういう気持ちなら
家族が介入する介護に
あつれきや
意見の食い違いが起こったり
家族間の相違があったり
そんな状態に
なる可能性があります
自分の人生
今なら選択できます
その選択をしっかり決め
家族にお願いするだけです
色んな状況で
変更を余儀なくされる場合は
あるかもしれませんが
家族が
最初の介護介入時への
迷いは
少し軽減できるのでは
ないでしょうか
このことで
介護する側への
負担軽減にも繋がっていく
そう思っています
次回
後編 介護する側のマインド講座
に続きます

介護は 突然始まります
・どうしたいいかわからない
・誰も頼る人がいない
・どこに行けば頼れるの?
そういう方にむけて
届いたらありがたいです
これからすこしずつ
学べる知識を
頭の片隅に置いておくだけで
いざという時に「選べる選択肢」が
圧倒的に増えます
今できる「小さな準備」を
始めてみてくださいね
25年以上、看護・介護現場に関わり
現役看護師と介護経験者という立場から
実体験をお届けします
【ゆうの公式LINE】



コメント